行列の指数関数の定義と性質、その証明

数学
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概要

この記事では、行列の指数関数を定義した後、それが満たす代表的な性質について述べる。

最後に、性質ごとの公式についての証明を付加する。

定義

正方行列 \(\mathbf{A}\in\mathbb{C}^{n\times n}\) について、行列指数関数を以下のように定義する。

$$e^{\mathbf{A}}=\mathbf{I}+\mathbf{A}+\frac{1}{2!}\mathbf{A}^2+\cdots=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k\tag{1.1}$$

すなわち、行列指数関数も正方行列となる。( \(e^{\mathbf{A}}\in\mathbb{C}^{n\times n}\) )

または複素変数 \(t\) を用いて

$$e^{\mathbf{A}t}=\mathbf{I}+\mathbf{A}t+\frac{1}{2!}\mathbf{A}^2 t^2+\cdots=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k t^k\tag{1.2}$$

と表すこともできる。

考え方

指数関数 \(e^x\) をマクローリン展開すると

$$e^x=1+x+\frac{1}{2!}x^2+\cdots=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}x^k$$

と分解できる。

式中の \(x\) を \(\mathbf{A}\) で置き換えることで定義式 \((1.1)\) が、 \(\mathbf{A}t\) で置き換えることで定義式 \((1.2)\) が得られる。

性質

零行列の指数関数は単位行列

零行列の指数関数は単位行列である。すなわち

$$e^{\mathbf{A}\cdot 0}=e^{\mathbf{0}}=\mathbf{I} \tag{2.1}$$

が成り立つ。

指数の積法則

複素変数部分について、一般に積法則が成り立つ。

$$e^{\mathbf{A}t}e^{\mathbf{A}s}=e^{\mathbf{A}(t+s)}\tag{2.2}$$

行列部分については、2行列 \(\mathbf{A},\mathbf{B}\) が可換である場合のみ積法則が成り立つ。すなわち

\(\mathbf{A}\mathbf{B}=\mathbf{B}\mathbf{A}\) のとき

$$e^{\mathbf{A}t}e^{\mathbf{B}t}=e^{(\mathbf{A}+\mathbf{B})t}\tag{2.3}$$

行列指数関数の逆行列

\(e^{\mathbf{A}t}\) は任意の \(\mathbf{A}\in\mathbb{C}^{n\times n}, t\in\mathbb{C}\) に関して正則である。

すなわち、逆行列が必ず存在する。具体的には、 \(e^{-\mathbf{A}t}\) が逆行列となる。つまり、

$$e^{\mathbf{A}t}e^{-\mathbf{A}t}=\mathbf{I}\tag{2.4}$$

が成り立つ。

可換な関係

\(e^{\mathbf{A}t}\) は \(\mathbf{A}\) と可換である。つまり、

$$e^{\mathbf{A}t}\mathbf{A}=\mathbf{A}e^{\mathbf{A}t}\tag{2.5}$$

が成り立つ。

行列指数関数の微分

\(e^{\mathbf{A}t}\) を微分すると、性質 \((2.5)\) と合わせて

$$\frac{d}{dt}e^{\mathbf{A}t}=\mathbf{A}e^{\mathbf{A}t}=e^{\mathbf{A}t}\mathbf{A}\tag{2.5}$$

と表せる。

固有値と固有ベクトル

\(\lambda\in\mathbb{C}\) が \(\mathbf{A}\) の固有値であり、 \(\mathbf{\nu}\in\mathbb{C}^n\) が対応する固有ベクトルであるとき、 \(e^{\lambda t}\) は \(e^{\mathbf{A}t}\) の固有値であり、その対応する固有ベクトルは \(\mathbf{\nu}\) である。

すなわち

$$e^{\mathbf{A}t}\mathbf{\nu}=e^{\lambda t}\mathbf{\nu}\tag{2.7}$$

が成り立つ。

証明

式 \((2.1)\)

定義式 \((1.1)\) より

$$e^{\mathbf{0}}=\mathbf{I}+\mathbf{0}+\frac{1}{2!}\mathbf{0}^2+\cdots=\mathbf{I}$$

式 \((2.2)\)

定義式 \((1.2)\) より

$$e^{\mathbf{A}t}e^{\mathbf{A}s}=(\mathbf{I}+\mathbf{A}t+\frac{1}{2!}\mathbf{A}^2 t^2+\cdots)(\mathbf{I}+\mathbf{A}s+\frac{1}{2!}\mathbf{A}^2 s^2+\cdots)$$

ここで、上式を展開したときの \(\mathbf{A}^k\) の項は

$$\sum_{m=0}^k \frac{t^m s^{k-m}}{m!(k-m)!}\mathbf{A}^k=\frac{1}{k!}\sum_{m=0}^k \frac{k!}{m!(k-m)!}t^m s^{k-m}\mathbf{A}^k\tag{2.2.1}$$

となる。

\((t+s)^k\) を展開したとき、 \(t^m s^{k-m}\) の係数は二項定理から \({}_kC_m=\frac{k!}{m!(k-m)!}\) となることから、式 \((2.2.1)\) は

$$\frac{1}{k!}(t+s)^k \mathbf{A}^k$$

と書き換えられる。すなわち

$$e^{\mathbf{A}t}e^{\mathbf{A}s}=\mathbf{I}+\mathbf{A}(t+s)+\frac{1}{2!}\mathbf{A}^2 (t+s)^2+\cdots=e^{\mathbf{A}(t+s)}$$

式 \((2.3)\)

定義式 \((1.2)\) より

$$e^{\mathbf{A}t}e^{\mathbf{B}t}=(\mathbf{I}+\mathbf{A}t+\frac{1}{2!}\mathbf{A}^2 t^2+\cdots)(\mathbf{I}+\mathbf{B}t+\frac{1}{2!}\mathbf{B}^2 t^2+\cdots)$$

ここで、上式を展開したときの \(t^k\) の項は

$$\sum_{m=0}^k \frac{\mathbf{A}^m \mathbf{B}^{k-m}}{m!(k-m)!}t^k=\frac{1}{k!}\sum_{m=0}^k \frac{k!}{m!(k-m)!}\mathbf{A}^m \mathbf{B}^{k-m} t^k\tag{2.3.1}$$

となる。

\((\mathbf{A}+\mathbf{B})^k=(\mathbf{A}+\mathbf{B})(\mathbf{A}+\mathbf{B})\cdots(\mathbf{A}+\mathbf{B})\) を展開すると、

$$\mathbf{A}\mathbf{B}\mathbf{A}\mathbf{B}\mathbf{B}\cdots\mathbf{A}$$

のような項が出現するが、 \(\mathbf{A},\mathbf{B}\) が可換である場合、 \(\mathbf{B}\mathbf{A}=\mathbf{A}\mathbf{B}\) という置き換えの操作を繰り返すことで必ず \(\mathbf{A}^m \mathbf{B}^{k-m}\) の形に変形できる。

これらの項をまとめたとき、その係数は二項定理から \({}_kC_m=\frac{k!}{m!(k-m)!}\) となることから、式 \((2.3.1)\) は

$$\frac{1}{k!}(\mathbf{A}+\mathbf{B})^k t^k$$

と書き換えられる。すなわち

$$e^{\mathbf{A}t}e^{\mathbf{B}t}=(\mathbf{I}+(\mathbf{A}+\mathbf{B})t+\frac{1}{2!}(\mathbf{A}+\mathbf{B})^2 t^2+\cdots)=e^{(\mathbf{A}+\mathbf{B})t}$$

式 \((2.4)\)

$$\mathbf{A}\cdot-\mathbf{A}=-\mathbf{A}\cdot\mathbf{A}=-\mathbf{A}^2$$

より、 \(\mathbf{A}, -\mathbf{A}\) は可換である。

よって、公式 \((2.3), (2.1)\) から

$$e^{\mathbf{A}t}e^{-\mathbf{A}t}=e^{(\mathbf{A}-\mathbf{A})t}=e^{\mathbf{0}\cdot t}=e^{\mathbf{0}}=\mathbf{I}$$

式 \((2.5)\)

定義式 \((1.2)\) より

$$e^{\mathbf{A}t}\mathbf{A}=\left(\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k t^k\right)\mathbf{A}=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^{k+1} t^k$$

$$\mathbf{A}e^{\mathbf{A}t}=\mathbf{A}\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k t^k=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^{k+1} t^k$$

したがって

$$e^{\mathbf{A}t}\mathbf{A}=\mathbf{A}e^{\mathbf{A}t}$$

式 \((2.6)\)

定義式 \((1.2)\) より

$$\frac{d}{dt}e^{\mathbf{A}t}=\frac{d}{dt}\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k t^k=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k \frac{d}{dt}t^k=\sum_{k=1}^{\infty}\frac{1}{(k-1)!}\mathbf{A}^k t^{k-1}$$

\(l=k-1\) という置き換えを行うと

$$\frac{d}{dt}e^{\mathbf{A}t}=\sum_{l=0}^{\infty}\frac{1}{l!}\mathbf{A}^{l+1} t^{l}$$

となり、公式 \((2.5)\) の証明の途中式を利用すると

$$\frac{d}{dt}e^{\mathbf{A}t}=\mathbf{A}e^{\mathbf{A}t}=e^{\mathbf{A}t}\mathbf{A}$$

式 \((2.7)\)

定義式 \((1.2)\) より

$$e^{\mathbf{A}t}\mathbf{\nu}=\left(\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k t^k\right)\mathbf{\nu}$$

\(\lambda\) は \(\mathbf{A}\) の固有値なので

$$\left(\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\mathbf{A}^k t^k\right)\mathbf{\nu}=\left(\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\lambda^k t^k\right)\mathbf{\nu}$$

さらに、指数関数のマクローリン展開の逆より

$$\left(\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{k!}\lambda^k t^k\right)\mathbf{\nu}=e^{\lambda t}\mathbf{\nu}$$

以上より

$$e^{\mathbf{A}t}\mathbf{\nu}=e^{\lambda t}\mathbf{\nu}$$

が成り立ち、 \(e^{\lambda t}, \mathbf{\nu}\) はそれぞれ、 \(e^{\mathbf{A}t}\) の固有値、固有ベクトルである。

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