境界性パーソナリティー障害(Borderline Personality Disorder: BPD)

医学
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パーソナリティー障害(Personality Disorder: PD)

【疾患概念】

個人に苦悩をもたらす、または社会的・職業的生活に重大な支障をきたすような柔軟性のない不適応的なパーソナリティー[1]・パターンで、所属する文化圏や個人に期待され、受け入れられている規範や価値観から大きく逸脱していることを特徴とする[2]。

【疫学】

米国のデータでは精神科外来患者の46~51%を占めるとされ[3]、おそらく最も有病率の高い精神障害である[1]。

【DSM-5に基づく分類[2,4]】

  1. A群パーソナリティー障害:風変わりで奇異な印象を与える
    • 猜疑性パーソナリティー障害/妄想性パーソナリティー障害

他人に対する不信を基本的特徴とする。

  • シゾイドパーソナリティー障害/スキゾイドパーソナリティー障害

周囲とのかかわりを避け超然とした生活態度を特徴とする。

  • 統合失調型パーソナリティー障害

スキゾイドの非社交性に加えて認知および感覚の歪曲があり、奇異行動を伴う。

  1. B群パーソナリティー障害:情緒的、演劇的、変転しやすさを特徴とする
    • 反社会性パーソナリティー障害

他人の権利を考慮しない、様々な無責任な行動に特徴づけられる。

  • 境界性パーソナリティー障害

後述。

  • 演技性パーソナリティー障害

病態の中心に他者の注目を得ようとする心理がある。

  • 自己愛性パーソナリティー障害

自己の誇大感、他者の評価に対する過敏さ、他者に対する共感性のなさが特徴。

  1. C群パーソナリティー障害:不安、恐怖、内向性を特徴とする
    • 回避性パーソナリティー障害

他人の批判や拒絶を恐れ、社会参加に制限の加わった状態。

  • 依存性パーソナリティー障害

依存対象に服従的で、いつも保証を求めるといった特徴をもつ。

  • 強迫性パーソナリティー障害

過度の几帳面さを主たる特徴とする。

  1. その他のパーソナリティー障害

境界性パーソナリティー障害(Borderline Personality Disorder: BPD)

【疾患概念】

対人関係や同一性にみる不安定さ、複数の衝動行動、慢性の抑うつ・空虚感を特徴とし[2]、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる[4]。

【症状】

患者は頼りにする対象にひどく依存的で、些細なきっかけで見捨てられたと感じる。それに伴う名状しがたい不安を防衛するため、過食、手首自傷、家庭内暴力、過量服薬、性的逸脱行為などの衝動行動を繰り返す[2]。

【有病率】

人口有病率の中央値は1.6%とされているが、5.9%にまで達することもある[5]。

【診断基準[4]】

以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

  • 現実に、または想像の中で、見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力(:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと)
  • 理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係の様式
  • 同一性の混乱:著明で持続期に不安定な自己像または自己意識
  • 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)(:基準5で取り上げられる自殺行為または自傷行為は含めないこと)
  • 自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し
  • 顕著な気分反応性による感情の不安定性(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらだたしさ、または不安)
  • 慢性的な空虚感
  • 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す)
  • 一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状

【併存しやすい疾患・鑑別方法】

  1. 双極性障害(BP)

BPD患者の約10%は双極性障害Ⅰ型(BP-Ⅰ)とも診断され、さらに他の約10%も双極性障害Ⅱ型(BP-Ⅱ)を有している。同様にBP-Ⅱの患者の約20%はBPDとも診断されるが、BP-Ⅰ患者のうちBPDとも診断されるのは約10%しかいない[6]。BPDとBPは感情(気分)の不安定性という症候、および診断困難なケースが多いという特徴を共有し、鑑別困難である[7]ため、BPDがBPの一亜型であるとする主張がなされている[8]が、BPにおいてはBPD以外のパーソナリティー障害の方がより併存しやすいこと、反対に、大うつ病、物質乱用、PTSDはBPよりもBPDにおいて多く合併していることから、BPDとBPの間に特別な関係はないとする反論もある[6]。その他の鑑別点として、BPDでは怒り・不安・被害妄想観念・身体化が多く見られ、全般機能障害尺度(GAF)スコアが非常に低く、自殺企図が多いこと、対してBP-Ⅱでは第1度近親者によるBPのリスクを抱えやすいことが報告されている[9]。

  1. 心的外傷後ストレス障害(PTSD)

BPD患者の30.2%にはPTSDが併存し、PTSD患者の24.2%にもBPDが併存する。PTSD-BPD併存例では患者のQOLが低下し、他の第1軸疾患[2]を併存しやすい、自殺企図が増える、幼少期の外傷体験が多い、などの特徴が見られる[10]。

  1. 解離性障害群(特に解離性同一性障害)

若い大学生のBPD患者の72.5%が解離性障害も有するという報告がある[11]。

  1. 注意欠如・多動性障害(ADHD)

落ち着きのなさ・多動といった運動面あるいは精神運動面の亢進を示す症状は、双極性障害の不安・焦燥・激越・興奮にしばしば伴い、パーソナリティー障害でも普遍的に認められる症状である[12]。ADHDが小児期に遡る発達の問題が主軸になっていることに対して、BPDは不適応的なパーソナリティー障害が主軸になっているため互いに排他的な概念とはならず[12]、むしろ小児期のADHD既往と成人期のBPD発症の間には関連性があり[13]、併存しやすいことが知られている[14]。そのため神経画像的・精神薬理的研究からは、これらは独立した2つの疾患ではなく、同じ疾患を2つの側面から表現したものである可能性を示唆するデータが得られている[14]。

  1. 医原性パーソナリティー障害

医療行為が原因となって精神を害し、境界性パーソナリティー障害と診断される場合があり、以下のケースが考えられる。①精神療法を含む不適切な診療により患者のパーソナリティーが傷つき、状態の悪化、病状の悪化を見た場合。②リタリン、精神安定剤、睡眠導入剤などにより処方薬依存をきたし、脱抑制を衝動性の亢進と見誤られる場合。③セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)による衝動性の亢進をきたしている場合[15]。

 

その他、甲状腺機能亢進症などの内分泌障害や膠原病などの自己免疫疾患により、衝動性・回避性の亢進などのパーソナリティー変化が見られることもあり、鑑別を要する[15]。

【原因】

  1. 生物学的要因

BPD患者の海馬と扁桃体に萎縮が見られたという報告がある[16][3]。別の実験では、BPD患者の左扁桃体は人の表情に対し非常に強く反応することが示され、同時に、BPD患者の一定数は「普通の」表情を判別するのに困難を感じたり、「普通の」表情を見て「怒っている」と感じたりすることが明らかにされた[17]。

また、BPD患者の脳波の40%程度に異常が見られ、異常例には必ず広汎性徐波が見られるという報告もある[18]。

  1. 環境的要因

幼児期、とくにMahler MSの再接近期[4]における母子関係のあり方に問題があるとされてきた。BPDを持つ人の幼児期には、身体的・性的虐待、育児放棄、敵意ある衝突、親の喪失などの生活歴がよく見られる[5]が、児童虐待を重要な発症要因とする考え方は現在では否定されている[2]。例えば、BPD様症状を持つ7歳から12歳の子供は虐待や育児放棄を受けたことが多いが、この群の子供たちを5年後に再検査すると、うち数人しかBPDの診断基準に合致しなかったことが報告されている[20]。以上のことからも、小児期の心的外傷体験は絶対的な要因ではなく、その他、青年期発達の意義を重視する意見もある[2]。

【治療】

境界性パーソナリティー障害に対する治療の第一選択は精神療法であり[21]、薬物ではない。

  1. 精神療法(心理社会的療法)

効果が実証されている精神療法には、弁証法的行動療法[5](dialectical behavior the-rapy)、メンタライゼーション療法(mentalization-based therapy)、転移焦点化精神療法(transference-focused psychotherapy)、一般的精神科マネジメント(general psychiatric management)がある[1]。これらの精神療法は他の治療(入院、緊急室隔離、薬物療法)の必要性を80~90%削減し、自傷・自殺を約50%減らすことが示されている[21]。しかし、これらの精神療法は、外来で週に2~3時間、1年以上の期間に渡り、特殊な訓練を受けた精神科医や心理学者が実施しなくてはならない[21]。そのため、これらはどこでも行える療法ではなく[21]、特に、健康保険が効かず、時間や人的資源に乏しく、専門的訓練を受けた臨床家がほとんどいない日本の現状では実施が困難であると考えられる[1]。

  1. 薬物療法

境界性パーソナリティー障害に対する薬物治療は通常避けるべきであるが、例外として、①衝動性や興奮が著しい場合などの危機的状態、②活発な症状を呈する他の精神障害を併存する場合には投薬が検討される[1]。ランダム化比較試験では、気分安定薬や第二世代(非定型)抗精神病薬が中核症状やその他精神症状を改善することが示されたが、BPD全体の予後を改善するというエビデンスは得られなかった[23]。日本の市販薬では、攻撃性、情動不安定性、認知・知覚障害に対してアリプラゾールとオランザピン[6]の有効性が確認されており、攻撃性のみに対してはバルブロ酸ナトリウム、トピラマート、ラモトリギンが安全性の高さから次善の薬剤と考えられている[24]。うつ状態にはSSRIが有用であるとされる[2]。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は一般に使用されがちである[2]が、脱抑制を起こし、衝動性や攻撃性を悪化させ、また依存形成や乱用の危険性があるため、使用を控える[24]。

 

初期の治療目標は「患者の退行した状態を回復させる」ことであり、患者に内省の準備ができてきた中期以降では、目標の検討・更新を行う[24]。現在の治療の主流は、日常生活における心理社会的支援を基本にした治療的接近であり[2]、治療者は、患者が経験してきた逆境や不当なストレスに対して患者なりに対処してきたことを肯定的に受け止め、支持(妥当性の確認)する姿勢が求められる[24]。

 

【参考文献】

[1] 「精神科治療学」編集委員会(編)「精神科治療における処方ガイドブック――精神科治療学30 増刊号」(2015)星和書店.

[2] 山内俊雄, 小島卓也ほか(編)「専門医をめざす人の精神医学」(2011)医学書院.

[3] Beckwith H, Moran PF, et al. Personality disorder prevalence in psychiatric outpatients: A systemic literature review. Personal Ment Health 2014; 8: 91-101.

[4] 高橋三郎, 大野裕(監訳)「DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引」(2014)医学書院.

[5] American psychiatric association. Diagnostic and statistical manual of mental disorders: DSM-5—5th ed. 2003.

[6] Zimmerman M, Morgan TA. The relationship between borderline personality disorder and bipolar disorder. Dialogues Clin Neurosci 2013; 15: 155-169.

[7] 林直樹. 「気分が変わりやすい」を見分ける—パーソナリティー障害,双極性障害—. 精神科治療学 2017; 32(1): 5-9.

[8] Akiskai HS. (広瀬徹也翻訳・文責) Soft bipolarity : a footnote to Kraepelin 100 years later. 臨床精神病理 2000; 21: 3-11.

[9] Zimmerman M, Martinez JH, et al. Distinguishing Bipolar Ⅱ Depression From Major Depressive Disorder: Demographic, Clinical, and Family History Differences. J Clin Psychiatry 2013; 74(9): 880-886.

[10] Pagura J, Stein MB, et al. Comorbidity of borderline personality disorder and posttraumatic stress disorder in the U.S. population. J Psychiateic Res 2010; 44: 1190-1198.

[11] Sar V, Akyuz G, et al. AxisⅠ Dissociative Disorder Comorbidity in Borderline Personality Disorder and Reports of Childhood Trauma. J Clin Psychiatry 2006; 67(10): 1583-1590.

[12] 谷将之, 岩波明. 成人の注意欠如多動性障害(ADHD)を中心とした「落ち着きのなさ」「多動」の鑑別. 精神科治療学 2017; 32(1): 61-65.

[13] Fossati A, Novella L, et al. History of Childhood Attention Deficit/Hyperactivity Disorder Symptoms and Borderline Personality Disorder: A Controlled Study. Compr Psychiatry 2002; 43: 369-377.

[14] Philipsen A. Differential diagnosis and comorbidity of attention-deficit/hyperactivity disorder (ADHD) and borderline personality disorder (BPD) in adults. Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci 2006; 256: i42-i46.

[15] 上島国利,上別府圭子,平島奈津子「知っておきたい精神医学の基礎知識〔第2版〕—サイコロジストとメディカルスタッフのために」(2013)誠信書房.

[16] Driessen M, Herrmann J, et al. Magnetic Resonance Imaging Volumes of the Hippocampus and the Amygdala in Women With Borderline Personality Disorder and Early Traumatization. Arch Gen Psychiatry 2000; 57: 1115-1122.

[17] Donegan NH, Sanislow CA, et al. Amygdala Hyperreactivity in Borderline Personality Disorder: Implications for Emotional Dysregulation. Biol Psychiatry 2003; 54(11): 1284-1293.

[18] Fuente JM, Tugendhaft P, Mavroudakis N. Electroncephalographic abnormalities in borderline personality disorder. Psychiatry Res 1998; 77: 131-138.

[19] 東洋,繁田進,田島信元(編)「発達心理学ハンドブック」(1992)福村出版.

[20] Biskin RS. The Lifetime Course of Borderline Personality Disorder. Can J Psychiatry 2015; 60(7): 303-308.

[21] Gunderson JG. Borderline Personality Disorder. N Engl J Med 2011; 364: 2037-2042.

[22] マーシャ・M・リネハン(著),大野裕(訳)「境界性パーソナリティー障害の弁証法的行動療法—DBTによるBPDの治療」(2007)誠信書房.

[23] Pharmacotherapy for borderline personality disorder: Cochrane systematic review of randomised trials. British J Psychiatry 2010; 196: 4-12.

[24] 樋口輝彦,市川宏伸ほか(編)「今日の精神疾患治療指針」(2012)医学書院.

 

注[1] パーソナリティー:ある個人に特有の考え方、感じ方、行動の仕方、対人関係の持ち方に現れるパターンであり、生来の素質が身体的基盤の変化および環境や体験によって発展したもの[1]。

注[2] パーソナリティーや精神遅滞を除いた全ての心理的な診断(うつ病、不安障害、躁うつ病など)。DSM-Ⅳによる。

注[3] 同論文では「BPD患者は過去に心的外傷を受けたことが多いとされているため、PTSD患者同様、海馬・扁桃体が萎縮しているのではないか」との仮説を立てて画像検索を行ったが、結論としては萎縮と外傷体験との関係は不明、となっている。

注[4] 生後14~24ヵ月。歩行運動が自由になったことで母親から分離していることを意識し始め、同時に分離不安も高まってきた結果、幼児が母親を別の存在として認識し、改めて依存対象としての母親の愛を求めるようになる時期[19]。

注[5] 自殺行動も含めたBPDの問題に対して広範囲にわたって認知・行動療法(cognitive and behavior therapy: CBT)の戦略を適用した治療プログラム。「通常の」CBTとは、①その時点の行動をそのまま受容し認証することに焦点を当てる、②セラピーを妨害するような行動の治療を強調する、③治療の基本として治療関係を重視する、④弁証法的過程に焦点を当てる、という点で異なる[22]。

注[6] 非定型抗精神病薬は中等量[2]、または通常の統合失調症に使用する量よりも少量[24]で投与することが推奨される。

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