糖尿病性潰瘍・壊疽

医学
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糖尿病性潰瘍・壊疽

【疾患定義】

糖尿病患者にみとめる糖尿病性皮膚障害のうちで、慢性ないし進行性の潰瘍形成性あるいは壊死性の病変で、その基礎に糖尿病性神経障害、末梢動脈疾患あるいはその両者が存在するものを糖尿病性潰瘍・壊疽とする。これらのうちで可逆性の変化を糖尿病性潰瘍と、壊死性で非可逆性変化に陥ったものを壊疽と定義する[1]。

【疫学】

糖尿病患者(Ⅰ・Ⅱ型あわせて)の生涯発症リスクは15%と言われている[2]。糖尿病患者の足潰瘍の約10~30%は切断になり、その約60%は潰瘍への感染が先行していると指摘されている[3]。

【リスク因子】

糖尿病がもたらす症状の多くが潰瘍形成に影響する。

  • 末梢神経障害 → 足に異常な力がかかる。
  • 虚血 → 皮膚の耐久・治癒力を低下させる(後述)。

その他、弱視、関節可動域制限、心血管・脳血管障害もリスク因子となる。直接の原因としては、靴擦れ等による偶発性外傷が最も一般的である[4]。

【発症機序】

Fig. 1 健常人と糖尿病患者における創傷治癒過程

 

糖尿病性潰瘍・壊疽の発症機序は創傷治癒の遅延によるものである。

通常、創傷により低酸素状態が引き起こされると、マクロファージ、線維芽細胞、上皮細胞からVEGFが放出され、骨髄での内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)のリン酸化・活性化を促進する。活性型eNOSは一酸化窒素(NO)の濃度を上昇させ、これにより内皮前駆細胞(EPCs)が骨髄から体循環へと放出される。創傷部位ではケモカインである間質細胞由来因子(SDF-1α)がEPCをホーミングさせ、血管新生をもたらす(Fig.1 左)。

しかし糖尿病患者において酸素濃度が極端に低下すると、eNOSのリン酸化が阻害された結果、EPCsの遊走能が制限される。また、糖尿病はSDF-1αの発現も低下させることが指摘されており、EPCsのホーミングを阻害し、創傷治癒を遅延させる(Fig.1 右)[5]。また、低酸素下ではコラーゲン分解能を有する線維芽細胞由来のmatrix metalloproteinase-1(MMP-1)が増加し、創傷治癒を遅延させる可能性も考えられている[6]。

【診断と治療】

糖尿病性潰瘍・壊疽の診断・治療アルゴリズムを以下に示す[1]注1

【感染の合併】

感染による蜂窩織炎は広範で、膿瘍、リンパ管炎、骨髄炎・近接の関節炎を認める。起因菌の最多は黄色ブドウ球菌であり、連鎖球菌、グラム陰性桿菌と続く。またBacteroidesClostridiumなどの嫌気性菌(40~80%)を含む混合感染であることが多く、起因菌は複数である。培養は深部の生検、掻爬組織、膿瘍の吸引物などの検体が最も信頼性のある結果を与える[3]。

骨髄炎の診断にはMRIが感度・特異度ともに優れ推奨されている[1]が、それでも時として鑑別に困難を伴う[3]。その他、骨の露出やprobe-to-bone test注2によっても骨髄炎の診断が可能である[1]。

Fig. 2 糖尿病性潰瘍・壊疽の診断・治療アルゴリズム

【感染コントロール】

感染症治癒は糖尿病性潰瘍・壊死に対する第一の治療目標であり[4]、重症度に従って以下のような抗菌薬投与を行う。

  1. 重症感染症 limb-threatening type

骨髄炎等を伴うような重症感染症に対しては、黄色ブドウ球菌と嫌気性菌をルーチンでカバーし、その上で好気性グラム陰性桿菌(特に緑膿菌)をどの程度までカバーするかによって抗菌薬を選択する注3。場合によっては腸球菌もカバーする[3]。

<処方例>

  • タゾバクタム・ピペラシリン(1:8)(ゾシン®:静注用5g/V) 4.5g×3~4回/日 静注または点滴静注注4
  • クリンダマイシン(ダラシン®S) 600~900mg×3回/日 静注。さらに、以下のいずれかを追加投与する。
    • セフトリアキソン(ロセフィン®) 1~2g×1回/日 静注
    • シプロフロキサシン(シプロキサン®) 400mg×3~4回/日 点滴静注
    • セフェピム(マキシピーム®) 2g×2回/日 静注または点滴静注 (※)
    • セフタジジム(モダシン®) 2g×3回/日 静注 (※)

※特に緑膿菌が疑われたり、証明されたりした場合。

重症例では2週間以上の抗菌薬投与が推奨されている[1]。骨髄炎を起こした場合は長期間の治療が必要となり、米国感染症学会のガイドラインでは最低でも3か月以上の投与を勧めている[3]。しかし、手術を行わなかった骨髄炎に対しては、抗菌薬の投与期間は6週間で十分であり、12週間投与した時と比較して副作用の発生頻度を優位に抑えることができるというエビデンスも存在する[11]。

  1. 軽症感染症 non-limb-threatening type

感染が軽症の場合は四肢切断の可能性が低いため、non-limb-threatening typeと呼ばれる。治療対象の中心は黄色ブドウ球菌と連鎖球菌である[3]。

<処方例>

  • アンピシリン・スルバクタム(ユナシン®-S) 3g×3~4回/日 点滴静注
  • 蜂窩織炎がひどい時

セファゾリン(セファメジン®) 1g×3回/日 ~ 2g×4回/日 点滴静注

  • MRSAの関与が疑われる、あるいは証明された時

リネゾリド(ザイボックス®) 600mg×2回/日 注射か経口

軽症例では1~2週間の抗菌薬投与が推奨されている[1]。この他に外用薬として、カデキソマー・ヨウ素、スルファジアジン銀、ポピヨンヨードシュガーの使用も勧められる[1]。

 

抗菌薬投与は局所の感染症の所見・症状が消失するまで続けるが、必ずしも潰瘍が治癒するまで続ける必要はない。また、感染を起こしていない潰瘍の抗菌治療は予後に良い影響を与えない[3]。感染例に対しては、抗菌薬による治療のほか、潰瘍部の除圧、洗浄、壊死組織のデブリドマンも重要である[1,3]。起因菌確定後は、De-escalationを行う。

【末梢動脈病変(PAD)】

「動脈硬化から生じる末梢動脈の狭窄や閉塞による四肢の循環障害」を末梢動脈疾患(peripheral arterial disease:PAD)と定義する[1]。糖尿病では高脂血症の合併が多く見られ、PADを発症しやすい。

【末梢動脈病変の評価・治療】

PADの合併による虚血の診断には、問診によるしびれ、冷感、間欠性跛行などの自覚症状の有無、触診による末梢動脈拍動の低下消失や皮膚温の低下、視診による皮膚色調の変化等、臨床症状の把握が最も推奨されている[1]。以上に加えて、上腕・足関節血圧比(ABI)によるスクリーニング検査の有用性も示されている[7]。ABIが正しく測定できない場合は皮膚還流圧(SPP)などの検査が行われる。SPPは足趾動脈圧(TP)と強く相関し、TPを測定不能な場合(足趾切断後・足趾潰瘍例)でも測定可能な場合があるとされる[1]。異常所見が見られた場合の画像診断としてはX線による血管造影、CT血管造影(CTA)、MR血管造影(MRA)が勧められる[1]。

血行障害に起因する糖尿病性潰瘍での薬物療法としては、抗血栓薬ではダルバデリン、血管拡張薬ではプロスタグランディンE1(PGE1)またはLipo-PGE1の投与が推奨されている[1]。

【糖尿病性末梢神経障害】

糖尿病性潰瘍・壊疽の多くは末梢神経障害を基礎として生じる[1]。感覚神経障害が起こると潰瘍形成に気付きにくくなり、運動神経障害が起こると通常の歩行に必要な筋肉が障害され、歩行時の力の分散が変化した結果、皮膚硬結を形成する[4]。

【神経障害の評価・治療】

糖尿病による末梢神経障害の臨床診断にはモノフィラメント法による知覚検査、音叉法による振動覚検査、アキレス腱反射を組み合わせて行うことが推奨されている[1]。

神経障害に対しての薬剤治療も、PADと同様のものが勧められる[1]。アルドース還元酵素阻害薬(ARI)に関してはエバルレスタットにエビデンスが存在し、選択肢の1つとして推奨される[1]。

【保存的潰瘍治療(その他の治療)】

  1. 感染徴候のない場合の外用薬
    • 滲出液が適正~少ない創面 → トラフェルミン、PGE1
    • 滲出液が少ない創面 → トレチノイントコフェリル
    • 滲出液が過剰、浮腫が強い創面 → ブクラデシンナトリウム
  2. 感染徴候のない場合のドレッシング剤
    • 滲出液が適正~少ない創面

→ ハイドロコロイド、ハイドロジェル、ポリウレタンフォーム

  • 滲出液が過剰、浮腫が強い創面 → アルギン酸塩、ハイドロファイバー®
  1. 血糖コントロール
  2. 高圧酸素療法

糖尿病による低酸素状態は創傷治癒を遅延させる(【発症機序】参照)ため、過酸素化とSDF-1αの投与によってEPCsの働きが回復することが示されている(Fig. 3)[5,8,9]。

Fig. 3 過酸素化とSDF-1α投与のEPCs遊走能に対する相乗効果[9]

 

過酸素化は創傷治癒に加えて感染を抑制する作用もある[10]が、MMP-1等の低酸素状態で増加した物質は再酸素化によっては減少しないとも言われている[6]。また、高圧酸素療法の装置を持つ医療機関は少なく、1回の治療に3時間以上かかる[1]ことも難点である。

【外科的治療】

全身状態が許せば外科的デブリードマンを行い、潰瘍に固着した壊死組織や痂疲、潰瘍とその周囲の角化物などを除去する。ただし、PADが基盤にある場合には外科的デブリードマンを行っても症状の改善を目指せない場合や潰瘍・壊疽の悪化を見る場合があるため、四肢特に末梢部の外科的デブリードマンは慎重に行う[1]。

また、生命に危険のある感染症を認めた場合、感染症のコントロール、壊死などの問題が解決できない場合には切断、リハビリテーションの方がQOLを向上させる。感染組織を残さず根治的な切除・切断が行われた場合は、抗菌薬の投与は2~5日程度が考慮されている。

【再発予防・リハビリテーション】

  1. 免荷装具

免荷装具は圧迫によって生じた潰瘍を圧力分散効果により治癒させるため、使用することが推奨されている。また、圧迫予防にも有効と考えられる[1]。

  1. 患者教育(栄養指導、入浴指導など)

【参考文献】

[1] 日本皮膚科学会「日本皮膚科学会ガイドライン 創傷・熱傷ガイドライン委員会報告―3:糖尿病性潰瘍・壊疽ガイドライン」日皮会誌 2012; 122(2): 281-319.

[2] Reiber GE, Lipsky BA, Gibbons GW. The burden of diabetic foot ulcers. Am J Surg 1998; 176: 5S-10S.

[3] 青木眞「レジデントのための感染症診療マニュアル」(2015)医学書院

[4] Jeffcoate WJ, Harding KG. Diabetic foot ulcers. Lancet 2003; 361: 1545-1551.

[5] Brem H, Tomic-Canic M. Cellular and molecular basis of wound healing in diabetes. J Clin invest2007; 117(5): 1219-1222.

[6] Kan C, Abe M, et al. Hypoxia-induced increase of matrix metalloproteinase-1 synthesis is not restored by reoxy-genation in a three-dimensional culture of human dermal fibroblasts. J Dermatol Sci 2003; 32: 75-82.

[7] Maeda Y, Inoguchi T, et al. High prevalence of peripheral arterial disease diagnosed by low ankle-brachial index in Japanese patients with diabetes: the Kyushu Prevention Study for Atherosclerosis. Diabetes Res Clin Pract 2008; 82: 378-382.

[8] Gallagher KA, Liu ZJ, et al. Diabetic impairments in NO-mediated endothelial progenitor cell mobilization and homing are reversed by hyperoxia and SDF-1α. J Clin Invest 2007; 117: 1249-1259.

[9] Liu ZJ, Velazquez OC. Hyperoxia Endothelial Progenitor Cell Mobilization, and Diabatic Wound Healing. Antitoxid Redox Signal 2008; 10: 1869-1882.

[10] Greif R, Akça O, et al. Supplemental perioperative oxygen to reduce the incidence of surgical-wound infection. N Engl J Med 2000; 342: 161-167.

[11] Tone A, Nguyen S, et al. Six-Week Versus Twelve-Week Antibiotic Therapy for Nonsurgically Treated Diabetic Foot Osteomyelitis: A Multicenter Open-Label Controlled Randomized Study. Diabetes Care 2015; 38(2): 302-307.

 

注1 Fig. 2は参考資料[1]の「図1」を改変。

注2 ゾンデの先端が潰瘍底内の骨に当たると陽性。感度60%、特異度91%[1]。

注3 検出された微生物のすべてを治療対象とする必要はない。たとえ緑膿菌が検出されても、軽症例では緑膿菌でカバーしない抗菌薬で治癒することがよくある[3]。

注4 タゾバクタム・ピペラシリンは皮膚軟部組織感染症には保険適用外[1]。

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